スローフードに関連する人、言うなれば「スローフーダー」を紹介して参ります。
1回目は、やはりこの人、島村菜津さん。
島村さんは、イタリア発祥のスローフード運動を日本にいち早く紹介した作家です。
その牽引力となった著書が、『スローフードな人生!イタリアの食卓から始まる』(新潮社)。
本書をきっかけにスローフードに関心を抱いた人は少なくありません。
■絶対に必要なもの

Q:
ここ数年で、イタリアに本部があるスローフード協会の日本国内コンヴィヴィウム(支部)*が32発足し、認定申請中が11つ。スローどころではなく、超ファースト的な動きを示す運動となっていますが、島村さんは、この情況を予想されていましたか。


島村:
いや、本を出したときには全然想像していなかった。スローフードという言葉はなくても日本の地域でやってきた人たちはいる。
でも、こんなに広まるとは…。
イタリアにそういう人たちがいるんだねって、せいぜいマスコミが書くぐらいで終わるのかあ、と思っていました。
(本の発行から)1年ぐらい経ってきてよく分かったのは、(この運動は)日本にこそ必要だということ。
例えば、引きこもりや体にハンディを持った子供達と一緒においしいチーズを作っている人が北海道にいるの。

その人が、20数年前にアメリカの大学の畜産科に留学したときに、そこの先生に、「東のオイルの海の上に浮いている小さな舟があるだろ」と言われたんですって。
それはつまり日本のことで、要するに工業で成り立っている小さな国という意味なんですね。で、その先行きを決めるのはわが国(アメリカ)の農業だというふうに言われた。 つまり農業戦略なんですよ、完全に。
実際、アメリカの思ったとおりに世界の農業はなってきている。その国の'食'を抑えるのが、その国をコントロールするのに手っ取り早い。日本は、家畜のえさなどほとんど輸入でしょう。
それに、日本はヨーロッパよりも(アメリカナイズされ)、スローフードではない暮らしが進んでいます。
だから「スローフードが大切だ」と、いくら声高に言っても言い過ぎるということはないと、よく分かってきた。
2年ぐらいすると、スローフードは日本で育つ土壌があったんだなあと、しみじみと感じました。ヨーロッパの多様な作物、その半分はイタリア半島にあります。
ヨーロッパの農業というと、トラクターに乗って、大型の、と言われるけど、イタリアには日本と変わらないような24時間完全放牧の酪農が残っていたり、ナポリの南などでは、小さい土地で輪作して何種類もの作物を作るのも、日本と似ている。
日本は、戦後、アメリカとの距離も近いから激変した点ではイタリアとは違うけど、地域性、本来もっているものは似ていると思いました。


*コンヴィヴィウム(Convivium)とは、イタリア語の「Con-Vivere―他者とともに生きるという動詞と起源を同じくするラテン語。共食、共に食べるという意味もある。
ドイツ、スイス、アメリカ、フランスに次ぎ、日本でも2004年6月に大分県湯布院で「スローフードジャパン」の立ち上げが公表された。「スローフードジャパン」は、イタリア本部との連絡、国内コンヴィヴィウム(支部)の相互活動を調整し、バックアップしていく。


■添加物に溢れた食

Q:

スローフード運動の理念に、「伝統食の保護」「味の方舟(アルカ)」があり、島村さんは、日本のアルカの担当ですね。


島村:

例えば、伝統の味と言われると、その加工の上での添加物まで気にする人は少ない。
日本の「味の方舟*」の審査員としてお願いしたい加工食品の専門家がいて、この方は大手の加工食品会社で大いに活躍した人なの。だけどあるとき、彼が開発した加工食品のミートボールを息子さんがおいしそうに食べているのを見て、恐ろしいと思ったと。
そのミートボールは21種類ぐらい添加物が入っている。例えば、Aの物質を入れると苦みが出るからそれをカバーするためにBを入れる、そうすると色が変になるから、それをカバーするためにCを入れる…、そんな感じでいろんな添加物が入っていく。

それで、その大手会社を辞めて、むしろ無添加食品の専門家になった方です。
彼は、一見、伝統食と言われても、その中の嘘がわかる。

私は、(この運動を)自分自身のためにやっています。だって直接、自分の食生活に響くわけじゃないですか。例えば、ある島の猿の子供に奇形が多く生まれたのは、エサとして与えていた輸入大豆が原因だといいます。
人ごと、いや猿ごとじゃないですよ。日本でも、大手食品会社は当たり前のように輸入大豆を使う。
遺伝子組み換えのことなど何も議論されずに、増えていく。忙しいし夜遅くなるからスーパーかコンビニエンスストアに行く。
すると、選択肢のほとんどない世界だものね。私が以前、そうだったような、ちゃらんぽらんに食べている人にこそ食についてのかゆいところに手の届く情報を届けられれば、と思います。


*味の方舟(アルカ):スローフード運動の主なる目標の中に、生物多様性の保護がある。「絶滅の危機に瀕している動植物、農産物の保護」という概念のもと、「味覚の方舟(アルカ)」と「プレジディオ(防衛)」計画によって具体化される。イタリアではすでに500種以上の食材が『味の方舟』に登録され、約150種が『プレジディオ』に指定されている。日本でも国内のアルカの認定を行っており、日本の担当が島村さん。

■日本もすてたものじゃない

Q:
島村さんは、イタリアを中心に海外のさまざまな食を取材されていますが、最近の関心事は何ですか。

島村:

日本もちっともすてたものではないということ。すごく多様だし、(地方で)まるで違う。外海の漁師とリアスの漁師との性格も違うし、九州や山形、岩手など、かつては不便と言われた所に一人で何でも作ってしまう「すごい」人がいるし…、
一種、自然の達人ですよね。就労人口に入らないおばあさんたちも、地域で直売所などができたときには、一番貢献するスターなのね。
私は、イタリアに20年行き来をし、いわば専門性の高さからずっと食べてこれているわけで、イタリアから離れると、経済的にはきついんだけど、それでもはまらずにいられないのは、国内の頑張っている地域や食の話はどうしても夢中になる。例えば、日本で使われている飼料のほとんどはアメリカから輸入している。
するとアメリカは日本をコントロールしようと思えば、できちゃう。「日本には輸出しないよ」となったら、日本の農業、畜産はやっていけません。黒毛和牛なんてもちろん途絶える、そのシステムの中に入っているから。
ところが輸入飼料ゼロで頑張っている人がいます。コストは合わないけど、それが(牛にとって)健康で自然だろうと。
大多数に反旗を翻してやってきた人がいる。だから日本もすてたものじゃない、と思う。
そういう人に会うことが、今、結構、生き甲斐。すごく元気になる。
ほんと、そこの牛も元気なの。狭いところで飼われている牛は動かないから、爪がこんな(つぼめたような)形になっている。ところが放牧されている牛は、(大地を)踏ん張るから、爪がガシッと開いて力強い。
それにストレスを感じていないからか人に寄ってくるの。
こういう人や現場を皆さんにも見てほしい。自分で農業やっている人は、もちろんその先をいって実践しているわけだけど、スローフードがこんなに広まってきた核、根っこの部分が、(現場を見ると)ピンとくると思うんですよね。
言葉や理屈じゃなくて、「そういう人を応援しないでか」と、ね。消費者ができること。
食べておいしい、というだけではなく、良い食品を知って食べることで幾ばくかの還元ができるでしょ。

■得意料理は、エゾシカのグラーシュ

Q:
以前、島村さんにご自宅でエゾシカをご馳走すると誘われたことがありました。「エゾシカ!?」と思ったのですが、そこで興味が沸いたのが、島村さんの得意料理。どんな料理を作られますか。


島村:
エゾシカのグラーシュも結構、得意ですよ。
でも、それはオーストリア料理で、むしろ(ロシア人の)旦那のほうが、上手かな。
肉に親しんでいる年数が違うし、DNAが違うから。
私がまともに料理を作り始めたきっかけは、イタリアに行って、お金もないのに取材してお礼をしなきゃいけない、と思っても、お土産をいつも持っていくわけにいかないし。そこで、日本料理とか東洋のご飯を作れば、向こうの人は喜んでくれると思って、いろいろ作り始めたことなのね。例えば、もともとは宮廷料理だけど韓国料理の九節板(クジョルバン)。
お皿の上にニンジン、キュウリ、煮あわび、牛肉などいろんな具を細切りにして長さなんかも揃えないで大雑把に並べ、真ん中に小麦粉でクレープ状に焼いたものを置く。そのクレープ状のものにそれらの具を巻いてコチュジャンなどをつけて食べます。白人にも食べやすいし、ちょっとエキゾチック。本格的にはかなり高価なものだから、大衆化されてますけどね。
あとは、大衆化された参鶏湯(サンゲタン)とか(笑い)…。

得意料理も国際的だ。人なつっこい彼女の笑顔に、あれもこれもとついつい質問攻めをしたくなってしまう。
滅法明るい彼女が話すと、眉間にシワを寄せ難しい議論となりそうな食問題が、身近かな事柄として分かりやすく翻訳される。
こうして話を聞いている間にも、彼女の脳裏には、出会った人たち・ものたちが次々と踊っていそうである。
島村さんの話を聞くだけで、こちらが十分元気になってしまう。スローフードって、こういうことなのかも。 

 
          
(2004年8月)

プロフィール

島村菜津(しまむらなつ)

作家。スローフードジャパンの役員の一人。
1963年生まれ。

東京芸術大学芸術学科卒業後、フリーで取材活動を始める。イタリア各地に数か月単位で滞在、食、旅、美術関連の記事を執筆。著書に『スローフードな人生!―イタリアの食卓から始まる』(新潮社)ほか、「フィレンツェ連続殺人事件」(新潮社)、「エクソシストとの対話」(小学館)など。ご主人との間に可愛い娘さんが一人。

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