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スローフードという言葉は、1986年、ローマにマクドナルドが進出したとき、イタリア北部ピエモンテ州の小さな町ブラに関わりのある人々が、ファーストフードについて議論するなかから生まれました。スローフード協会はそのブラに本部を置いています。
ブラのあるランゲ地方は、皮なめし工業とイタリアを代表するワインのブランド「バローロ」が地域の経済を支えていました。しかし、第2次世界大戦後皮なめし工業は衰退し、またバローロも、原料の「ネッビオーロ」種の葡萄を大量生産しようと化学肥料や農薬を多用した結果、味が落ちてイタリア国内外の市場評価が下がってしまったのです。
そのため、1970年代後半、当時20歳代後半だった農家の跡取りたちが葡萄の生産を有機化し、なおかつフランスのブルゴーニュから醸造技術を学び、ワイン作りの原点に戻ろうという活動を始めました。そして、1980年、彼らを中心に「バローロ愛好協会」が生まれます。その数年後、ランゲ地方の観光やワインのセールスプロモーションをする協同組合も結成されました。その二つのグループが一緒になって、86年7月「アルチゴーラ」という組織が生まれ、これがスローフード協会の前身になります。 |
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イタリアではもともと協同組合運動が盛んです。「アルチ」とは全国的な共済組合を原点とするリベラルな文化団体でした。「ゴーラ」(食い意地という意味)は、はミラノ生まれの月刊誌で、ワインや料理の味に文化人類学や社会学、文学などからアプローチする食文化評論誌でした。この月刊誌ゴーラの編集スタッフに、ランゲ地方出身のカルロ・ペトリーニ(現・スローフード協会会長)がいたのです。そして、ランゲ地方の活性化と食文化、この二つが結びついて「アルチゴーラ」が生まれました。
このアルチゴーラ誕生から間もなく、ブラの町の食堂でメンバーが集まって夕食をとりながら、折しもマクドナルドのローマ開店とファストフードへの疑問が話題になりました。そのとき、誰ともなく口にした言葉が、ファーストフードと逆の状況にある食べ物、つまりスローフードだったのです。1989年、彼らは「アルチゴーラ・スローフード協会」と名を変え、パリで「スローフード宣言」を出します。こうして、スローフード運動は世界に広まってゆきました。
スローフード協会は、いま50カ国ちかくに約700の支部(コンビビウム)があり、メンバーは約8万人。世界最大の"食"に関するNPOで、日本にも22の支部と約1,400人のメンバーがいます(2003年10月現在)。横浜スローフード協会も、イタリアの本部が承認したこれらの支部の一つです。 |
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